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瞑想するなら何より先にすべきは心の清めです

瞑想するなら何より先にすべきは心の清めです。
どう清めるかは清めの概念によります。
自我の放逐、沐浴、火の清め、清めの概念が何であれ、内なる自己に忠実になり、選んだものを生かしなさい。
語らずに実行しなさい。
身を清め、世のわずらいから解かれ、神と対面すれば自分はどうするだろうかと考えなさい。
身を清めなさい。
古来の定めにあるように、身を清めれば、明日にも主が、子供に話すかけるようにあなた方に声をかけてくださるでしょう。
(リーディング番号:281-41)

『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P274

今年も今日で最後となりました。
一年を振り返り、2010年はどのような年だったでしょうか。
そしてそれらに対して、自分の心はどのように応じていったでしょうか。

心の反映が世界であり、その世界をどのように受け止めるかも心次第です。
世界への認識を内省することで、自分の心の在り方が分かります。

ですから心を清め、瞑想に臨みましょう。
それが自分の神性に触れ、世界の神性にも気づくことなのですから。
そして自分を清めることが、世界を清めることにもつながります。

今年も一年、ありがとうございました。

人生は魂を清めて成長させる道です

救いに至る道はいつも開かれていますが、魂の責任を回避する道はありません。
人生は魂を清めて成長させる道です。
難しい道に思えることもありますが、変化は来ます。
世にいう「幸運」は実は幸運ではありません。
救いに対して魂が行動を起こした結果にすぎません。
(リーディング番号:440-5)

『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P322

何のために生きるのかについて、エドガー・ケイシーのリーディングでは明確に答えています。
つまり、「魂を清めて成長させる」ためです。
それは責任であり義務であり、回避することはできません。

一時的には成長と逆のことをしているように見える人もいますが、その人はいずれ積み重なったカルマを返済することになります。
大切なのは人の行動を気にすることではなく、自分がどのような道を歩んでいるかです。

因果は必ずあります。
幸運も不運もその結果に過ぎません。

人は自分で自分を運命づけるのです

問:人はその運命を知って地上に生まれるのでしょうか。
答:神さえ人が自分をどう運命づけるかを知りません。
  そうでなければ、人を創造したことを後悔されるでしょう。
  神は人に自由意志を与えられているのです。
  人は自分で自分を運命づけるのです。
(リーディング番号:262-86)

『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P308

運命や宿命といった言葉がありますが、最終的に人生を選びとっているのは自分自身です。
幾多の選択の結果が今の自分であり、その選択は今世に限らず、遥かな過去世からの影響でもあります。

そしてこれからの不確定な未来を具現化していくことが、生きるということです。
その生きた軌跡から私たちは多くのことを学びます。
自由意志は自由であるからこそ、自らの責任によって学びを得られるのです。
学ぶことさえも自由意志によって拒否することができますが、それを永久に続けることは絶対にできません。

自分なりの方法でよりよき理解をこの世界にもたらせるよう努めなさい

生命の存続、希望、平和、理解を推し進める方向に、想像力を保つならば、生活もそうなってきます。
自分なりの方法で、よりよき理解をこの世界にもたらせるよう努めなさい。
(リーディング番号:262-1)

『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P377

世界に望むものがあるのなら、まず自分がそれに相応しい生き方をしなければなりません。
『千里の道も一歩から』ですが、その最初の一歩を踏み出すのは自分自身です。

自分が残してきた歩みが、今の生活、今の世界を具現化しています。
そして今の自分の想像力、感情、行動が未来を引き寄せているのです。

自分はどのような未来を引き寄せようとしているのか、内省してみましょう。
そして今の自分を基点に、ここからやれることを初めていきましょう。

物質的なものに心を閉ざして、あなたを主の中に失わしめるのです

不安になったら、物質的なものに心を閉ざして、あなたを主の中に失わしめるのです。
人生に楽しみごとをもつなというのではありません。主もそうでした。
そうではなく、あなたの意識を常に注意深くさせ、主の御愛を知らしめる水路になれるように、
すすんで備えるのです。主はあなたにお話しになります。
(リーディング番号:281-3)

『エドガー・ケイシー文庫031 知恵の宝庫—エドガー・ケイシー名言集』 P288

エドガー・ケイシーのリーディングには輪廻が出てきますので、現代の一般的なキリスト教の教えとは異なります。
そのためここで「主」と表現されているものも、キリスト教という一宗教の枠を超えた、もっと普遍的なものとして捉えたほうが良いでしょう。

さてこのリーディングでは、自分を失わせることによって、逆説的に自分を取り戻す方法を示しています。
現代は情報氾濫の時代です。
油断するとその情報の波に飲み込まれ、また日々の忙しさから自分を見失いがちになります。

しかしここで自分への意識を強くしてしまうと、己への執着となってより一層に離人感覚が強くなり、世界とのつながり感が薄れていってしまいます。

ですからそのような時に必要なのは己を手放し、自分がどう幸せになるかではなく、自分がどう世界に貢献できるかに意識を向けるのです。

それに有効なのが瞑想です。
頭をフル回転させて考えたことより、静かな時のなかで心を沈め思考を手放しましょう。
そのような時に浮かんできたもののほうが真実を含んでいるものです。

どうしても俗世間にまみれてしまう顕在意識の心は閉ざし、「神の祝福の水路」の扉を開きましょう。
時計
プロフィール

enju3946

Author:enju3946
 実学の視点からスピリチュアルを大切にしている臨床心理士。熊本市に在住ながら、仕事やドライブで熊本県を動きまわっています。これまでに児童養護施設、こども家庭支援センター、スクールカウンセラー、専門学校の非常勤講師、病院、若者サポートステーション、刑務所と、様々な職場で働いてきています。

 私にとって不毛な議論をするつもりはないので、スピリチュアルが苦手な方は価値観の一つとしてお読みください。
 私自身それを絶対化して人に強制するつもりはありません。

熊本代替療法研究会 会員

熊本県臨床心理士会 会員

心理系学会への入会は多数。

パソコン関係、カメラが趣味。

CLANNADは人生。

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